序章2~彫金に導かれし者

第2話 隠遁者

開いた扉から、ナリトは外に出た。

扉の向こう側は、360度見渡すかぎりの湖、それをさらに囲むようにして森が生い茂っていた。

湖の真ん中の中地に、小屋が建っているというわけである。

小屋の傍には、大人が10人ほど座れるほどのとても大きな1枚板のテーブルと切り株で出来た椅子が置いてあった。
あちこちに、動物の形をしたワックス原型やシルバーアクセサリーが散らばっていた。

それは膝丈くらいの大きさのものもあれば、手のひらサイズのものまで大小様々。

ライオン、ゾウ、キリン、トラや、想像上の生物のかたちをしたものもいた。

なかには、服を着ているものもいる。

湖の岸辺を見ると、小さな桟橋があり、ボートがつながっている。

ぐるりと小屋の外側を周ってみたが、誰もいなかった。

辺りはひっそりと静まり返っている。

ナリトは切り株の椅子に腰を下ろした。

テーブルには、彫りかけのワックスと工具が散らばっていて、そしてキラキラと輝く水晶クラスターが転がっていた。

チェーンにぶら下がっていたユフィリーは、

ユフィリー
「ずいぶんと散らかってるね。」

そう言って、テーブルに飛び降りた。

自分の背丈と同じ位あるだろうか、
水晶クラスターの前に立ったユフィリーは、
ゴツゴツとした結晶体の塊をじっと眺めていた。

ユフィリー
「ナリトは、アクセサリー作りに必要な工具、全部答えられるかい?」

ナリト
「ん〜、作るデザインによって、使う工具はちがってくるんじゃないかな。」

ユフィリー
「確かにそうだね。」

「作り方によっても違うだろうしね。」

「そもそも、アクセサリーというものは、他のものに比べて、デザインの制約がほとんどないからね。」

ナリト
「どういうこと?」

ユフィリー
「例えば、車を作るなら、動かすためにエンジンやタイヤを付けないといけないとか、人を乗せるスペースが必要だとか、いろいろな制約がある中でデザインを考えるよね。」

「アクセサリーを作る場合、ほらっ!あそこにシルバーで出来たキリンが転がっているでしょ。」

「あのキリンに、指を通すリングを付けちゃえば、指輪になるし、チェーンを通すパーツ(バチカン)を付ければ、ペンダントトップにもなっちゃうんです。」

「形あるもの、全てがアクセサリーに大変身です。」

「そう、ボクのようにです(笑)」

そう言って、ユフィリーがポーズを決めた。

「デザインも無限大というわけですよ。」

「そのデザインを、どの材料で、どの工具を使って、どのようにして作っていくかは、その作り手次第なんです。」

「想像と知恵を絞れば、作り方は何通りも浮かんでしまうんですよね。」

「スキルマスターともなれば、様々なアクセサリーデザインを作ってきたその経験則から、今選ぶべき最善の作り方を導き出すことができるんです。」

ナリト
「なるほど」

ユフィリー
「ちょうど良いスキルのかけらがあるので、ちょっと覗いてみますか?」

ナリト
「?」

ユフィリーは水晶のクラスターを指差した。

ナリト
「これもスキルのかけらなの?」

ユフィリー
「そう。こいつはスキルのかけらたちが集まった結晶体" マスターストーン "って言うんだ。」

「スキルマスターが扱うような高度なレベルの知識や技術が詰まっている代物なのさ。」

ナリトはスマホをクラスターにかざした。

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ユフィリー
「このマスターストーンの中にある叡智は、
原型師が普段仕事でアクセサリーを作るときに考える作り方の流れを、誰もが導き出せるように体系化したツールが収められているんだ。」

「ちょっと難しかったかい?」

ナリトは頷いた。

ユフィリー
「この先必ず必要になってくる知識なので、今のうちから慣れてもらいたかったんだ。」

「経験者の叡智に触れること、これが一番のスキル上達の近道だからさ。」

???
「その通りじゃな。」

突然、ナリトたちに話しかける声が聞こえた。

声の方を振り向くが誰もいない。

???
「ここじゃ」

ナリトのいるテーブルの向こう側にその声の主が立っていた。
それは、トラのジュエリルだった。
そのジュエリルはこちらに歩いてきた。

トラ
「実際に作ってきた者がいう言葉には、魂が宿っているんじゃ。」

「なぜなら、培ってきた経験の中から絞り出した答えだからじゃ。」

途中に転がっていたスパチュラを拾い上げ、杖がわりにして、こちらに歩いてくる

「ワシは、” ガウディ ”という、アクセサリー作りを愛する者じゃ。」

ガウディは、 ナリトが持っているスマホを見て、

ガウディ
「ちと、おぬしにはまだ早かろう、まずは工具の知識からじゃよ。」

ガウディはナリトの目の前までやってくると、
転がっていたワックス片の上に腰を下ろした。

ガウディ
「工具選びの基本はじゃな、まずは、作る材料が何であるかを知ることじゃ。」

「作る材料によって、使う工具が限られてくる。」

「次に、その選んだ工具から、さらに工具を絞り込むんじゃ。」

「ポイントは2つ、

①そのアクセサリーを完成させるために、絶対に必要となる工具か

②その人の技量をカバーするために使う、あったら便利な工具か

自分がいざ、アクセサリーを作ろうとしたとき、この2つのうちのどちらに該当する工具なのかを見極めることなんじゃ。」

「①の工具にプラスして、自分の今の技量に合わせて、必要であれば②の工具も用意するとよいじゃろう。」

「おっ、そうだそうだ」

ガウディは何か思い出し立ち上がると、

「まずは材料と使う工具の知識を学ぶことが先決じゃな。」

ワックスの端切れの山に向かい、
スパチュラでその山を掻き分けた。

ガウディ
「確かここじゃったはず。」

端切れの山が崩れていく。

ガウディ
「おっ!あった、あった。」

「作り方には地金とワックスの2種類の方法があることは知っておるじゃろ。」

「まずは、ワックス原型制作について学ぶといいだろう。」

ガウディからの贈り物

ガウディが渡したものは、スキルのかけらだった。

ガウディ
「ワックスの原型制作の流れや、使う材料や工具が理解できるはずじゃ。」

スキルのかけらを手に入れた!

ワックス原型制作で使われる材料と工具についての知識が刻まれた叡智である。

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ガウディ
「より深く理解するには、実際に体験するのが一番なんじゃが・・・」

「おお、そうじゃ!あそこで仮想体験でもしてもらおうかの。」

ガウディは桟橋を指さした。

「この湖の先の森を進むと、パヴェ(石畳)でできた道にぶつかるはずじゃ。」

「その道を東へ向かうといい。」

「そこでかけらを合成してもらえば、ワックスの知識がより深まるはずじゃ。」

ナリト
「合成って・・?」

ガウディはまた別のスキルのかけらを渡した。

ガウディ
「ほれ、行けばわかる。」

ガウディにせかされて、ナリトは慌てて立ち上がると、

ナリト
「ありがとうございます。」

深くお辞儀をすると、ユフィリーを連れて桟橋に向かった。

ガウディ
「礼には及ばんよ。これがワシの使命じゃからな。」

第3話 合成屋

両側を森で囲まれた石畳の道が、ずっと先まで続いている。

この石畳の道を、” 森のパヴェ回廊 ”と呼ぶのだそうだ。

ガウディの丸太小屋をあとにしたナリトは、ユフィリーを首にぶら下げ、森のパヴェ回廊を東へと歩いていた。

ナリト
「ガウディさんはユフィリーと同じ仲間なの?」

ユフィリー
「ど、どうしてですか?」

ナリト
「ジュエリルはみんな同じなのかなって。」

ユフィリー
「そういうことですか」

「ジュエリルは、皆それぞれ、何かの生き物の仮の姿なんです。」

「それよりも、ガウディがなぜワックス原型制作を先に学べと言ったのかわかりますか?」

ナリト
「さあ」

ユフィリー
「ワックス原型制作は、地金製法に比べて、揃える工具の数も少なく、どこでも作業ができます。」

「しかも、地金のような高度なスキルもいらず、初めての人でも、感覚的に作り出せてしまうほど、スキルがシンプルなんですよね。」

「地金に比べてワックスなら、スキル・環境・金銭面から見ても、すぐに実践に移しやすい方法でしょう。」

「ワックスと地金では作る面白さは違いますが、ワックスを面白いと感じた人ならば、地金は間違いなく面白いと感じてもらえます。」

「まずは、ワックスの仮想体験ができるようなので、面白さを実感してみましょう。」

「さあ、着いたみたいですね。」

森の中にひときわ大きい大木がナリトの目の前にそびえ立っていました。

ホタルでもいるのでしょうか、大木のあちらこちらが一定のリズムで点滅を繰り返して発光しています。

ユフィリー
「この大木は、” 共鳴の大木 ”と言って、ジュエリルワールドから持ってきた木だそうです。」

「そして、その大木には、あるジュエリルが住んでいます。」

「ほらっ!あそこ!」

あちこちで点滅している発光は、大木に開いている穴から発せられていたのだ。

ユフィリーが指差した穴から、なにかが飛び出してきた。

「かけらの匂いだね、こりゃ。」

そう言うと、ナリトの周りをウロチョロと駆け回り、くんくんと匂いを嗅ぐ” リスのジュエリル ”がいた。

ユフィリーがナリトにささやいた。

ユフィリー
「今まで集めたスキルのかけらたちを取り出してもらえませんか?」

ナリトはスキルのかけらたちを取り出した。

すると、1つのスキルのかけらが、大木と同じく発光していたのだ。

リスの尻尾がボワッと逆立ち、目がまんまるくなった。

リス
「ボク、合成屋」

なにかソワソワしているようだ。

「キミ、持っている、スキルのかけら、合成する。」

「どうだい?」

リスは発光しているかけらを凝視し、目が爛々としている。

「どする?するか?」

「っていうか、させて!くれ!くれ~ぃ!」

その場でグルグルと回りだした。

「 それ!そこ!そのかけら!」

発光したかけらは、去り際にガウディがくれたスキルのかけらでした。

「そいつ、合成したいぞ~!」

「さあどする!やりたいよ~!っていうかやってしまいましょ!」

リスの言動にナリトが戸惑っていると、

ユフィリー
「かけらを渡してみてください。」

ユフィリーが言うやいなや

リス
「ごちそうさま~」

リスはかけらを口の中に入れ、ほっぺを膨らましたまま、穴の中へとヒョヒョイっと入っていってしまった。

かと思いきや、穴からヒョイっと顔を出し、ナリトになにかを投げてよこしてきた。

リス
「これあげる!ちょっと時間、かかる、それ、見てて」

スキルのかけらを手に入れた!

道具についての知識が刻まれた叡智である。

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ナリト
「・・・大丈夫なのかな」

ナリトは心配そうに穴を見つめていた。

~~~~~~~~~~~~~~

・・・・しばらくすると、「出来たよ!」

リスが穴から出てきた。

ほっぺは元通りになっていて、代わりに両手には、数珠玉のような大きさの艶やかに輝いた丸い石を抱えていた。

リス
「この珠の中、覗いてみてみて。」

ナリトはリスからその珠を受け取った。

なにやら珠の中に映像が写っているようだった。

リス
「これ、スキルのかけら、合成して作った ” スキルの御珠(みたま) ”」

「この共鳴の大木から採れる樹液、合成すると、かけらに刻まれたスキル、映像化、できる。」

「覗いて、みてみて。」

「今回合成したスキルのかけら、” ワックスで作る指輪の工程 ” 映像化できたはず。」

「これ見れば、工具の使い方、使いどころ、分かるよ。」

スキルの御珠を手に入れた!

ワックスで作る指輪制作の流れとその必要工具の知識が刻まれた叡智である。

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ナリトが御珠を覗き込もうとすると、ユフィリーの囁く声が聞こえてきた。

ユフィリー
「ナリト、しっかりと目に焼き付けてくださいね。」

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