第1章1~スキルマスターへの道

第1話 彫金上達の秘訣

ナリトを含め、クマのジュエリルに変身した生徒たちが、彫金アカデミアに集まっていた。

辺りは話し声で騒々しい。

黒縁メガネのリス
「静粛に!オホン!」

「え~まずは、彫金アカデミアの御入学おめでとうございます!」

「校長はお忙しく不在にしておりますので、校長に代わりまして教頭のわたくし ” ロイド ” が教室までご案内いたします。」

ロイド教頭
「ご案内がてら、皆さんには彫金が上達する秘訣をお教えしようと思います。」

「これを聞いたのと聞いてないのとでは、これから学ぶ彫金スキルの上達スピードが大きく違ってくることでしょう。」

ロイド教頭は、尻尾を立てて歩き出した。

ロイド教頭
「さて、ここに集まった皆さんは彫金が初めてという方から経験をお持ちの方まで様々だと思います。」

「ここで皆さんに質問です。初心者と経験者が同時に彫金スキルを学ぶとして、どちらが早くそのスキルをものにすることができるでしょうか?」

「当然経験している者じゃないの!」
クマのジュエリルの誰かがそう言った。

ロイド教頭
「違います。」

皆が一斉にざわついた。

ロイド教頭
「これがじつに興味深い結果なのです。」

「彫金に触れるのが初めてって方は、彫金に関して頭がまっさらだから伝えたことを素直に伝えたとおりに実行してくれますので、スキルをどんどんと吸収できてしまいます。

例えるならば、彫金で使う脳が乾いたスポンジの状態なのです。
スポンジの吸い取る早さや容量は人それぞれ違うけれども、乾いたスポンジなので色々な情報の水をスムーズに、そして確実に吸い上げることができます。」

「それにひきかえ、なかなか上達できないでモガいている人もいます。
それはどんな人かっていうと、他の学校などで彫金をかじった人や独学でやってきた人ほど、結構はまり込んでいるのです。

その最大の原因は、今までの経験とプライド。

昔の経験で彫金脳が支配されているから、なかなか素直に吸収できない。

今までやってきたことにこだわり過ぎて、新しい視点で物事を見ることが出来ないでいるのですね。」

「そういう人の脳のスポンジはどのような状態かというと、
すでに染められた水がタプタプと一杯になっていて、どんなに新しい情報の水を吸い上げようとしてもすぐに漏れ出してしまう感じです。

仮に吸い上げられたとしても、すでに染まっている水と混ざり合うから、決して新鮮なキレイな水(情報)にはならないのです。」

「だから、まずは絞って捨てて欲しいのです!今までの水は。」

「経験者の方は覚悟して聞いてください、あえてキツイ言い方を言いますよ。」

「今の自分の知識や技術以上のことを取り入れたいのなら、今までの経験は一旦忘れてください。

今ある経験は邪魔になってしまいます。」

「あなたは今、『守・破・離』の守の位置に立っていると思ってください。
(守・破・離の意味が分からない方は調べてみてくださいね。)
自分の意見などは置いておき、まずは素直に実践してみるという段階です。」

「そして、この先が大事!!」

「分からない時やつまずいた時は、そのまま流さず、恥ずかしがらずに質問して下さい。」

「初心者のように素直になってください。」

ロイド教頭をはじめ、ナリトやクマのジュエリルたちは、大きな石柱の前までやってきた。

ロイド教頭
「誰でも始めは初心者であり、挑戦者なのです。」

ロイド教頭は石柱を見上げると、

「このモノリスには、兼好法師(吉田兼好)という方が語ったお言葉が刻んであります。」

ナリトは石柱(モノリス)に刻まれた文字を読んだ。

モノリス

ーー 徒然草 第百五十段【現代語訳】 ーー

これから芸事を身につけようとする人は、とかく

「ヘタクソなうちは誰にも見せたくない。こっそり練習して、ある程度見られるようになってから披露するのがカッコいい」

と言うものだけど、そういうことを言っている人が最終的にモノになった例はひとつもない。

まだ未熟でヘタクソな頃からベテランで上手い人たちに混ざって、バカにされて笑われて、それでも恥ずかしがらずに頑張っていれば、特別な才能がなくても上達できる。

道を踏み外したり、我流に固執することもないだろう。

そのまま練習し続けていれば、そういう態度をバカにしていた人たちを遙かに超えて、達人になっていく。

人間的にも成長するし、周囲からの尊敬も得られる。

いまは「天下に並ぶ者なし」と言われている人でも、最初は笑われ、けなされ、屈辱を味わった。

それでもその人が正しく学び、その道を一歩一歩進み続けてきたおかげで、多くの人がその教えを授かることが出来るようになったのだよ。

どんな世界でも、同じである。

ロイド教頭
「学び方の極意、充実した人生にするためのエッセンスみたいなものが感じられませんか?」

「わたくしの好きなお言葉なんですよね。」

そう言って、またロイド教頭は歩き出した。

「しかし、素直にと言ってもただの受身じゃ困りものです。ここを勘違いしちゃう人がいるんですね。

ねえねえ先生これどうするの?
あれどうしたらいい?

みたいな質問の仕方をする生徒さんにはならないように。

ただやり方だけを聞くだけでは、依存心丸出しの聞き方です。

” 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥 ”とは言っても、センスのある質問を心がけてくださいね。」

「センスある質問をするためには、まずは質問する前に初めて聞いたことや学んだことを素直に受け止めて、それを頭の中でしっかりとイメージして考えます。

どうしてもイメージできないような引っかかる点や疑問に思った点などがあれば、そこを質問するのです。

『私はこう思いますが~、これってどうなんでしょう?』とね。

『前の教室だと~、参考書では~、・・・先生どうすればいいでしょう?』ではありませんよ。」

「この違い、分かりますか?」

「一見同じように質問しているように聞こえますが、その言葉から学ぶ意識の違いが分かりますよね。

考え抜いた末の質問と、「考えられません!お手上げです」な質問です。

まだ右も左も分からない人なら仕方ありませんが、なるべくなら「まだ初心者だから」という依存心は早く捨てさってください。

そして、自分の中で
なぜ、今この作業をしなければいけないのか?
なぜ、今この工具を使うべきなのか?
なぜ、今失敗してしまったのか?
なぜ、今先生はこれを言うのか?
なぜ、なぜ、なぜ・・・

すべての行動には ” なぜ ” があります。

すぐに質問するのではなく、まずはこの ” なぜ ” を考えるクセをつけてください。

これが彫金上達の秘訣ですよ。」

ロイドが立ち止まった。

「さあ、着きましたよ。」

これから学ぶ皆さんの教室です。

そこにはタマゴの形をした建物らしきものが建っていた。

 

 

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